農業
2025年06月03日
2023年よりLivelyのアドバイザーとして伴走する新村毅教授は、東京農工大学農学部生物生産学科で教鞭を執りながら、国内のアニマルウェルフェアの普及活動に取り組まれています。今回は新村先生の研究への想いと共に、Livelyと共同研究を進める「Unshelled(アンシェルド)」の取り組みについてお話を伺いました。
新村 毅
(しんむら つよし)
東京農工大学農学部教授
麻布大学獣医学部卒業後、同大学院獣医学研究科にて博士号を取得。学生時代より、一貫してアニマルウェルフェア、動物行動学の研究を推進。動物に返っていくような何かをしたいという想いとビジョンを共有し、共創できるLivelyに2023年より参加。現在はシステム行動生物学、動物福祉学を専門分野として、研究グループを主宰している。動物と人と環境のウェルフェアが一体的なものであるという「One Welfare」の実現に向けて邁進中。
出身は神奈川横浜市、山のすそ野にある自然に囲まれた家で育ちました。子どもの頃は親が買ってくれた「ドリトル先生シリーズ」が愛読書で、よく近くの森に入ってはヘビやモグラ、様々な虫たちを観察して過ごしていました。トカゲや昆虫を捕まえて自宅でも飼っていたのですが、ある時「単なるプラスチックの飼育容器」と「充分な広さがあり落ち葉や枝などを入れた容器」では、動物たちの行動が違うことに気が付いたんです。自然の中で生きる彼らの生き様を見たり、繁殖して新たな生命の誕生に感動したり……そうした経験が、今の道に進むきっかけになりました。
いえ、研究者になろうと思ったのは大学生の時です。動物に癒され、救われてきた人生を過ごしてきたので「動物に関わる仕事がしたい」という気持ちが漠然とあり、進路選択を悩んでいました。高校生の時に「獣医」という選択肢も検討しましたが、僕は目の前にいる動物一匹を救うことよりも、もっとたくさんの動物に関わる仕事がしたいと思ったんです。そこで色々調べたところ、麻布大学の「動物行動管理学研究室」で学びたいと思うようになり、獣医学部へ進学。動物に関する研究を始めました。
大学では動物の心理や行動などを中心に、動物の栄養や病気に関することなど、幅広い知識を学びました。研究室では鶏を育て、「ケージ」や「平飼い」といった飼育環境をゼロからデザインする研究をしていました。デザインの意図通りに鶏が行動してくれることが面白く、気づけば研究にのめりこんでいました。
研究しやすさから何となく選んだ動物が鶏だったのですが、もう20年くらいの付き合いになりますね。実は、猫や爬虫類の方が好きなのですが……研究を進める中で、かなり鶏も好きな動物になりました。研究者の中には色々な動物を使う方もいますが、私は一つのことを深堀りしたいタイプだったので、予想以上に長い付き合いになりました。
そうですね。両親から何かを言われることもなく、自分のやりたいことを自由にやれる環境が良かったのだと思います。また、祖父が言語学の研究者をしていたので、身近な職業だったということも関係しているのかもしれません。
祖父の家にはいつも本が山積みでした。「研究はとにかく自分の好きなことを突き詰めればいいんだ。それが仕事になるんだから、最高だろう」なんて言っていた言葉が、子どもながらにインプットされていたのかもしれません。
アニマルウェルフェアの向上をテーマに、主に3つの研究をしています。1つ目は「行動遺伝育種」といって、ゲノム解析を通じて鶏の問題行動を分子メカニズムから解明することです。代表的な問題行動としては、鶏の「共食い」が挙げられます。
私も学生の頃、研究の際に鶏の「共食い」を目の当たりにしたことがあります。当時は本当に驚きましたし、日が経つにつれて研究所での「共食い」が進み、研究を中止せざるを得ないという苦い経験をしました。今は鶏の「共食い」を支配する遺伝子を見つけ、攻撃性の低い新品種を作れないかと研究を進めています。
2つ目の研究は「Animal Computer Interaction」といって、「ドリトル先生シリーズ」のように人と動物の会話を実現するための研究です。鶏には「群れの中で序列の高い個体からコケコッコーと鳴く」など、コミュニケーションに決まった法則があることが分かっています。私たちは母鶏とヒナのコミュニケーションに注目し、コミュニケーション内容や生育への影響について研究しています。
人の耳では聞き分けることができませんが、ヒナがエサを見つけた時に発する「喜びのピヨ」と、ストレスを感じた時に発する「悲しみのピヨ」は、明らかに音の周波数が異なるんですよ。そこで、母子のコミュニケーションをロボットで再現し、母鶏ロボットでヒナを育てる実験を行いました。すると、生後すぐに母鶏と離されて育ったヒナは人や物・音への驚愕反応が大きい傾向にありましたが、母鶏と共に育ったヒナ、そして、母鶏ロボットに育てられたヒナは驚愕反応が小さいという結果が出たんです。
そうですね。もちろん、ロボットがただ母鶏の声を真似るだけでは効果はなく、ヒナの感情に合わせたコミュニケーションをする必要があります。「喜びのピヨ」と「悲しみのピヨ」を解析したことが、ヒナとのインタラクションを実現するために重要な要因となりました。
3つ目は「福祉的環境デザイン」で、最初にお話した動物の適した飼育環境・飼育システムを提案する研究です。鶏の飼育環境をデザインすることが、健康な鶏を育てることや美味しい卵を作ることにつながります。
はい、飼育環境は鶏の健康や卵の味・栄養素に影響を与えるという研究結果が出ています。例えば「平飼い」の鶏はビタミンBが多いのですが、これは鶏の腸内細菌がフンとして床に排泄され、それをついばむことで卵に蓄積されていることがわかりました。他にも太陽光を浴びて育った鶏の卵にはビタミンDが多いなど、興味深い成果は色々あります。
こうした研究をより多くの方に知っていただき、日本国内のアニマルウェルフェア向上を目指すために、2025年3月春にモデル鶏舎「Unshelled(アンシェルド)」が完成しました。
インタビュー後編ではアニマルウェルフェアに配慮した次世代型畜産福祉モデル鶏舎「Unshelled」の設立背景、Livelyと実施している教育プログラムの内容についてお話いただきます。
続きはこちらからご覧ください。
西 涼子/ライター
三浦 友見・田邊 築/Lively担当