Lively

農業

土を耕し、人を育てる リジェネラティブ農業を実践する「にこにこ農園」【後編】

2025年11月27日

神奈川県藤沢市の「にこにこ農園」では「農薬や化学肥料に頼らない野菜作り」をモットーに、自然と人が有機的に関わり合いながら不耕起栽培に取り組んでいます。代表の井上宏輝さんは、雑草を活かして野菜を守り、土中の微生物の力を活用する「新たな農業」の形を模索するだけでなく、鶏や蜂の飼育、調味料の製造、ユニバーサルな農園づくりなど幅広い挑戦をし続けています。

前編ではにこにこ農園のストーリーと農業への想いをお聞きしました。インタビュー後編ではLivelyと共創する未来、そしてにこにこ農園のビジョンについて詳しくお話しいただきます。

井上 宏輝

(いのうえ ひろき)

にこにこ農園園主

2008年にこにこ農園を設立し、2023年1月に「特定非営利活動法人ma,icca!! にこにこ農園」として活動を開始。10年以上の有機農業の経験をもとに、マルシェを中心とした顔の見える野菜販売に加え、多様な人が関わるきっかけとなる場づくりを行う。研修生を受け入れ、農福連携にも取り組む。パナソニックの地産地消プロジェクト「ハックツ!」に参加するなど、企業との共創活動も積極的に実施。地域、個人、組織との交流を増やし、次世代により良い土壌とコミュニティ基盤を残すため、誰もが自然の中で尊厳をもって関われるユニバーサル農園の構築に取り組む。

農業から始まる「気持ちいい地球」づくり

私たちLivelyとの出会いは「にこにこ農園」の収穫祭でしたね。農業を通じて人や生き物、自然にとって心地よい環境づくりをされている井上さんたちの活動に感銘を受けました

井上さん)最初は「どんな人たちなんだろう?」と不思議に思っていましたが、話をするうちに皆さんの自然環境への想いの強さを感じました。地球が気持ちいい場所になるために何かしたい、という同じ思いを持った方と出会えてよかったです。

今は「にこにこ農園」のイベントをお手伝いさせていただいたり、今後リジェネラティブ農業を広く伝えていくための事業推進のサポートをさせていただいています

井上さん)Livelyの皆さんは私たちが経験不足なところをアドバイスしてくれて、二人三脚で伴走してくれるので本当に感謝しています。本来は農園を運営しながら理想を描く必要があると思うのですが、私は同時に何かをするのが苦手なんです。現場へ一生懸命になってしまうので、皆さんと話すことで得た気づきを大事に、少しずつ力をつけていきたいと思っています。

中村さん)私たちが「こうなったらいいな」とぼんやり思っていたことが、Livelyの皆さんと考えると現実的に叶うことへ変わっていくんですよね。補助金申請についても、前回は「絶対無理だ」と思いながら結果を待っていましたが、今はわくわくして待てるようになりました。たとえ結果がダメだったとしても、前に進めている実感があってうれしいです。皆さんの存在は心強いですね。

私たちの方こそ、農園で色々なことを学ばせていただいています。そして何より、Livelyのメンバーは皆「にこにこ農園」に行くのを楽しみにしています。畑から元気をもらって、笑顔になって帰ってくるメンバーばかりです。

井上さん)Livelyの皆さんも私たちも、地球が気持ちいい場所になるまで“やるべきこと”は山ほどありますからね。土をきれいにして、海をきれいにして、空もきれいにして……そうしたらやっと、私たちのやるべきことは終わるのかもしれません。

私は野菜が失敗しても、地球がきれいになるなら痛くも痒くもないんですよ。ちょっとお腹が空くかもしれないですけどね。そういうムーブメントを起こすところからはじめていきたいですね。

自然のリズムに学ぶリジェネラティブ農業

様々な変化を受け入れ、新たな農園の形を模索する「にこにこ農園」。今後、農園はどのような形を目指していくのでしょうか?

井上さん)今目指しているのは「豊かな土への再構築」です。“耕す農業”はすぐに野菜が育つ反面、土の構造を破壊してしまいます。一時的に野菜は採れても、だんだんと土が消耗してしまう農法は、私が本当にやりたいことではありません。野菜を採りたいのは人間のエゴなので、できれば「やればやるだけ土が豊かになる」ような方法があったらいいですよね。日々土と向き合って、必要なところだけ人の手を入れる農法を試しています。

土壌を修復し、微生物や植物を尊重したリジェネラティブ農業の考え方を実践されているんですね。農法も人の雇用も動物の扱いも、最先端の考え方を採用されているところが素晴らしいと思います

井上さん)先にもお伝えしたように、人だけでなく自然や他の生き物のことも考えた結果、自然とこの農法にたどり着きました。夏は日差しが暑すぎるので雑草を敷いて苗を守ったり、隣に植えた野菜同士が良い影響を与えるように工夫したり、マメ科の植物を植えて微生物を元気にしたりと工夫は様々です。切った木や枝、動物の糞も肥料として活かし、畑全体が循環することを目指しています。

種まきについても、新たな方法を模索中だとお聞きしました

井上さん)これまでは収穫時期に合わせて種まきをしていたんですが、最近は「種ができる時が蒔き時なのではないか?」と思うようになりました。そこで、野菜を全て収穫せずに少し残し、自然と種が落ちるまで待つ実験をしています。これは野菜が畑に残る不耕起栽培だからできる挑戦ですね。季節が巡るたびに、種を蒔いていない野菜が芽をだすので面白いですよ。ゆくゆくは種を蒔かずに野菜ができて、散歩しながら収穫ができたらいいなと思っています。

「にこにこ農園」では、土も植物も人間も、あるがままの存在でいられるんですね

井上さん)土や植物の自然のリズムを感じ取って農業をすることで、これまで学べなかったことが学べている気がします。狙った通りに野菜が収穫できない難しさはありますが、自然のメッセージを受け取る感性は磨かれているのではないでしょうか。今後は経営や運営といったベースを整えながら、面白い農業の形を追求していきたいです。

今後開催予定の協働プロジェクトに向けた準備も楽しみですね

井上さん)今後はさらに多くの方へ農業の魅力を伝えられるような機会を作りたいですね。農業には「食って大切だよね」「一緒に食べると楽しいよね」という、誰もが共感できる魅力があります。そのポテンシャルを活かして誰でも関わりやすい農園を作り、色々な分野と関わってみたいです。

中村さん)これまで「にこにこ農園」の方向性や関連分野をはっきり言えずに悩んできましたが、それは農業の器が大きく、私たちは色々な人たちと関われる/関わりたいと思っていたからなのかもしれないと考えるようになりました。「福祉」や「環境」と括らずに、幅広い関心を持った方と出会いたいと思っています。

最後に、これから農業に関わる方や農業へ関心のある方にメッセージをお願いします

井上さん)やってみたらいいですよ。やりたかったら、迷っているなら、やったらいいんです。自分で農業を始めてもいいし、近くの農家に出向いて手伝ってもいいし。やって、触れて、感じることがあると思います。その“感じたもの”から、自分の表現につなげていけばいいんです。

本当は、どんな人も誰かに依存せず、最低限自分で作れるものは作れる社会になったらいいですよね。自分で作れる人になったら、分け合える人になれます。ぜひ、農業をやってみてください。

井上さん、中村さん、石井さんありがとうございました!


Livelyからのコメント

今回のインタビューでは、にこにこ農園を一から築き上げた井上さんの歩みと、「誰もが自然の中で関われるユニバーサル農園」を目指す上での数々の挑戦について深く掘り下げながらお話を伺うことができました。

農園に足を運ぶと、広大な畑で無農薬・無肥料の野菜が育つ姿だけでなく、醤油や味噌づくり、養蜂など多彩な取り組みが展開されており、その幅広さに誰もが目を見張ることと思います。にこにこ農園は、訪れる人が安心して学び、自らの居場所を見つけられる場でもあります。改めて農園の人や自然、動物が互いに関わり合う空間から、笑顔と温かい循環が生まれているのを実感したインタビューでした。

2025年10月、Livelyはフードロス削減を目指す活動の一環として、にこにこ農園と共同でリジェネラティブ農業種まき体験プログラムを開催しました。井上さんが掲げる理念に共感し、日々の選択や食のあり方を見つめ直すきっかけをつくることを目的に、今回の共催が実現しました。

今後も、より多くの方に農業を身近に感じてもらい、学びや気づきを通じて持続可能な食のあり方を考える場づくりを、進めてまいります。

西 涼子/ライター

種田 毅・阿部 莉子/Lively担当

Receive all the latest news, events and insights from Lively