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農業

人と牛が幸せに暮らし、訪れる人が笑顔になれる場所を【後編】

2025年03月05日

房総半島の南部に位置する千葉県館山市の「須藤牧場」では、牛と人、そして環境に優しい牧場づくりが進められています。インタビュー前編では、須藤牧場と須藤さんのご紹介、そして現在実践中の環境負荷低減の取り組みをご紹介致しました。続いて後編では、Livelyと作成予定のサステナビリティレポートのお話や今後の酪農の未来についてお話いただきます。

目指す酪農の未来について語る須藤さん。

須藤 健太

(すどう けんた)

須藤牧場 代表取締役

1993年1月7日生まれ。2013年須藤牧場入社。
2025年度 中小企業診断士資格取得。
千葉県館山市に位置する「須藤牧場」の代表取締役。入社より乳牛の飼育、乳製品の加工製造、直営店運営、経理など業務全般へ従事。2019年からは、牧場で生産した専用アイスを使って開発したプレミアムシェイクを提供する「生シェイク祭り」を毎年主催。現在は牧場の経営者として、意思決定や組織作り、全体の最適化に携わりながら、先代から続く循環型酪農を実践している。

愛と数字を両立させる サステナブルな牧場経営

私たちLivelyと須藤さんの出会いのきっかけは、2022年に須藤さんが開発された商品「メタンガス削減チャレンジ牛乳」でした。先ほどお話いただいたアマニ油脂肪酸カルシウムを与えた牛から作られた牛乳でしたね。

そうでしたね!「メタンガス削減チャレンジ牛乳」をきっかけに、研究者の方やメディアの方からリアクションをいただきました。商品を通じてLivelyの皆さんのような方々と出会いたいと思っていたので、お声がけいただけてすごくうれしかったのを覚えています。

そのご縁から、現在は私たちが牧場のサステナビリティレポートの作成に関わらせていただいています。レポート作成のきっかけは何でしたか?

サステナビリティレポートを作ろうと考えたきっかけをくれたのは、現在、私たちがチーズを卸しているイタリアンレストラン「Pizza 4P’s」さんです。サステナビリティレポートが大きな効果を生んでいることを目の当たりにしましたし、やったことや課題を数字と文章で明確にする姿がかっこいいなと思いました。

「Pizza 4P’s」さんとの出会いが、須藤牧場にとって大きな変化のきっかけになったのですね。「Pizza 4P’s」さんのお店にも伺いましたが、とても素敵なレストランでした。

「Pizza 4P’s」さんには須藤牧場のミルクを卸しており、レストランでは新鮮なミルクから作られるチーズをお召し上がりいただけます。現在は「Pizza 4P’s」さんと共同で、須藤牧場の敷地内にチーズファクトリーをオープンする構想も進行中です。こうした酪農以外の事業が揃ってきたことで、環境負荷低減の取り組みにも力を入れられるようになりました。

「経営が成り立つからこそ、環境配慮への取り組みも行える」ということですね。

まさにそうですね。私は牧場を継いだ当初「牛への愛」だけで酪農をやっていたんですが、財務諸表を見て「これは無理だ」と絶望しました。牛への愛が負けたようで、悔しかったですね。ただ、「経営は愛だけじゃダメなんだ」と思えたことは重要だったと感じています。

今後、サステナビリティレポートをどのように活用される予定でしょうか?

今後ますます、ビジネスの中で環境やサステナビリティについての取り組みは重視されると考えています。その際に、抽象的ではなく具体的なビジョンを語るため、また、ビジョンの実現度を目に見える形で示すために、サステナビリティレポートを活用したいですね。

また、レポートを作ることで、消費者の方と環境やサステナビリティを重視する視点をもって交流できるのではないかと期待しています。Livelyの皆さんはしっかり現場を見てくださる方々なので、一緒にレポートを作れることを楽しみにしています。

命と共にある酪農 今後の課題と未来への挑戦

須藤健太さん

須藤さんが考える、酪農の課題は何でしょうか?

牛乳や乳製品などの「財の見え方」を変えることが課題だと感じています。皆さんはスーパーで牛乳が1リットル1,000円で売っていたら「高い」と思うかもしれませんが、1,000円でもまだまだ日本の酪農状況は改善しません。新たな価値を創ることや、ビジネスモデルの変化などが必要だと感じています。

酪農や乳製品に新たな価値を創出するために、取り組まれていることはありますか?

ここ数年は「お客様が何を求めているのか?」を徹底的に調査・検討しています。例えば、これまではお客様の幸せとして「美味しい牛乳が飲めたらうれしいだろう」と想像していたところを、「美味しい牛乳が飲めて、さらに牛乳の中の栄養素が健康に効果を発揮して、医療費削減に繋がったらうれしいだろう」まで解像度を上げて想像しています。そうすることで、須藤牧場の商品が健康維持や環境保護の投資目線をもったお客様に届くのではないでしょうか。

また、メンバーシップの構築などを通じて事業の幅を広げることも、新たな価値の創出に繋がるのではないかと考えています。生産・加工だけでなく、物流や営業にも力を入れることが求められていることを感じます。

こちらを見つめる牛

須藤牧場では「シングルミルク」と呼ばれる一頭の牛からとれた牛乳を販売することで、個別の牛のファンが増えているとお聞きしました。こうした取り組みの目指す先は何でしょうか?

そうですね……私、牛が大好きなんですよ。めちゃくちゃ可愛い生き物だと思います。だからこそ、今の酪農をもっと牛が幸せになる酪農に変えたいと思って行動しています。

今、須藤牧場では牛のコルチゾールを計測する取り組みを始めています。コルチゾールとは人体にもあるホルモンで、ストレスを感じた時に分泌量が増えることから「ストレスホルモン」とも呼ばれています。牛のコルチゾールが増えるとミルクの品質に悪影響があるそうなので、ミルクを飲む人間にとって牛のストレスを減らすことには価値があるはずです。この取り組みが「牛がストレスを感じない幸せな酪農モデル」を作るいいきっかけになるのではないかと注目しています。

牛が幸せになる酪農モデルを実現するために、他に取り組まれていることはありますか?

環境配慮だけでなく、牛の幸せも考慮した酪農モデルを応援してくださる方向けのメンバーシップを構築しています。今は年に一度牧場の状況をお伝えする程度ですが、今後は支援によって牛がどのように幸せになったか、地域がどのように良くなったか、自然や生物多様性へどのように影響したかということまでお伝えしたいと考えています。

また、牛のオーナー制度も始まりました。最初のオーナーさんが命名してくれた牛はそろそろ1歳8か月になり、今度初めての出産を迎えます。ゆくゆくは、牛が高齢になった時に「牛の未来をどうするか」という話もしてみたいですね。

一般的に乳牛は5年前後で乳牛としての役目を終え、食肉として出荷されるそうですね。

私が初めて牛の出荷を見たのは小学校1~2年生の頃でした。あと数年生きられるはずの牛たちが、ミルクの品質などの関係で食肉になってしまうと知ってショックを受けました。誰もが悲しんでいるのに、牛の命をいただくしかない……この酪農の仕組みは、大人になった今も納得できていません。

プラントベースフードや代替肉が更に普及し、「牛肉を食べなくてもいい時代」になった場合のことを考え、乳牛を出荷することの倫理的な問題に向き合わなければと思っています。やっぱり、牛が好きですから。最終的には乳牛が出荷されない酪農モデルを作りたいです。

こちらを見つめる牛

須藤さんにとって、牛はどんな存在なんですか?

単純に「命」、そして「愛」ですね。私は、哺乳類の起源や酪農の始まりには「自らの命を分け与えた愛の物語」があると考えています。そうした愛が繋いできた大きな命の流れの中で、共に生きる仲間として見ています。

愛と命を感じる牛と共に、どのような未来を目指していきたいですか?

今まさに「新たな酪農モデル」の特許出願に向けた準備をしています。具体的なことはまだ公表できないのですが、「命ファースト」な酪農を確立することで、牛も人も幸せになれる社会の実現を目指したいです。社会は一人では作れないので、今後も色々な人と交流しながら活動していければと思います。

須藤さん、ありがとうございました。

100年にわたって命の営みを紡ぎ、さらに未来へ向かって革新的な酪農モデルを模索し続ける須藤牧場と須藤さんの姿は、私たちLivelyが掲げる「豊かな生命が息づく地球環境と持続可能な社会を未来へ繋ぐ」というビジョンと深く共鳴するものです。

畜産業界には、リジェネラティブな畜産の推進や温室効果ガス排出量の削減、アニマルウェルフェアへの配慮など、多様で重要なサステナビリティ・イシューが存在します。そうした課題のひとつひとつへ真摯に向き合い、牛と人、そして地球環境が幸せに共存できる道を探る須藤牧場の取り組みに、私たちも深く感銘を受けるとともに、大きな期待を感じております。

今回のサステナビリティレポートの作成を通じて、サステナビリティを専門とする第三者の視点から、須藤牧場の先進的な手法や未来へのビジョンを分かりやすく伝え、より多くの人々に発信していければと願っています。今後も長期的なパートナーとして、須藤牧場の皆さんが描く「牛と人が幸せになれる未来」を、一緒に築いていければと思います。

西涼子 / ライター&カメラ

田邊築 / Lively担当