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農業

次世代モデル鶏舎「Unshelled」から「One Welfare(ワンウェルフェア)」の実現を目指して【後編】

2025年06月20日

2023年よりLivelyのアドバイザーにご就任いただいている新村毅教授は、東京農工大学農学部生物生産学科で教鞭を執りながら、国内のアニマルウェルフェアの普及活動に取り組まれています。インタビュー前編では新村先生の研究者になるまでの歩み、現在の研究テーマについて詳しくお話いただきました。続いて後編では、アニマルウェルフェアに配慮した次世代型畜産福祉モデル鶏舎「Unshelled」の設立背景からLivelyと実施している教育プログラムの内容についてお話いただきます。

新村 毅

(しんむら つよし)

東京農工大学農学部教授

麻布大学獣医学部卒業後、同大学院獣医学研究科にて博士号を取得。学生時代より、一貫してアニマルウェルフェア、動物行動学の研究を推進。動物に返っていくような何かをしたいという想いとビジョンを共有し、共創できるLivelyに2023年より参加。現在はシステム行動生物学、動物福祉学を専門分野として、研究グループを主宰している。動物と人と環境のウェルフェアが一体的なものであるという「One Welfare」の実現に向けて邁進中。


次世代モデル鶏舎「Unshelled」が目指す未来

アニマルウェルフェアに配慮した次世代型畜産福祉モデル鶏舎「Unshelled」。設立のきっかけは何だったのでしょうか?

長年アニマルウェルフェアについて研究していると、生産者や消費者、研究者、企業、行政などの様々な立場の意見に触れる機会があります。「安くて高品質なケージ飼育がいい」という人もいれば、「鶏が自由に過ごせる平飼いがいい」という人もいて、それぞれの想いは一方通行のままです。消費者の中には、普段食べている卵がどういう状態で生産されているか知らない人もいますよね。様々な人がアニマルウェルフェアについて知り、話ができる場が必要だと感じたことが「Unshelled」設立のきっかけになりました。

世界的に採卵鶏の飼育方法が「ケージ」から「平飼い」へ進む一方で、卵は「物価の優等生」と呼ばれる食卓を支える存在。アニマルウェルフェアの向上を目指すためには、様々な立場の意見を踏まえることが求められますね。

私たちが「アニマルウェルフェアを向上させましょう!」と発信するだけでも、私たちが多様な意見を聞いているだけでも社会は動きません。関心のある人達が集まり、議論を始めることが重要です。

日本の養鶏場はケージ飼育が94%と高いため、アニマルウェルフェアを重視した平飼いの導入にはコストが掛かります。そうしたデメリットを超えるメリットを生産者・消費者に示すことも、「Unshelled」の目的の一つとなりそうです。

建築中の「Unshelled」を見学しましたが、「ケージ(2種)」と「平飼い(2種)」の飼育方法をどちらも見られる鶏舎なのですね。

鶏舎はオランダの「Rondeel(ロンディール)」というブランドを参考に設計しました。オランダはアニマルウェルフェアが進んだ国ですが、オランダ国内ではケージ飼育も平飼い飼育も行われており、鶏舎を様々な人に開放することで国としての方向性を検討しているとのことでした。

そうしたコンセプトに感銘を受け、日本でも実践するべく「Unshelled」の活用を目指しています。鶏舎を誰でも自由に見学できるようにすることで、日本のアニマルウェルフェアについて考えるきっかけを作りたいと思っています。

「Rondeel」と「Unshelled」、違う点は何でしょうか?

一番大きな違いは「Unshelled」には「ケージ」があることです。鶏のウェルフェアを考えると平飼い飼育が最もよい選択ですが、生産量を維持するためにはケージ飼育も必要です。今後、日本がどういう方向を目指すのかは議論をしてみないとわからないため、「一般的なケージ」と「止まり木をいれたケージ」、「一階構造の建物が付いた平飼い」、「二階構造の建物が付いた平飼い」の4種類の飼育方法を見学できるようにしました。

今後、Livelyとの共同プロジェクトとしてアニマルウェルフェア普及のための「体験型教育プログラム」の実施も計画しているとお聞きしています。

大学院の交換留学制度を活用し、Livelyの三浦さんが僕の授業を受講してくれたことをきっかけに、Livelyの皆さんと「Unshelled」での体験型教育プログラムの企画を進めることになりました。今回インタビューを受けてみて、改めてLivelyの皆さんとは見ているビジョン、アニマルウェルフェアへの向き合い方が似ているな、と実感しています。

アニマルウェルフェアへの向き合い方、ですか?

アニマルウェルフェアの実現は良いことばかりのように思われますが、生産者や消費者にとってはコスト面などのリスクがあります。「どうして動物のウェルフェアを考えなければいけないの?」というネガティブな感情が生まれやすい話題です。

それでも僕は「アニマルウェルフェアを実現するのは良いことで、アニマルウェルフェアをポジティブに捉えることで世界の見え方が変わる」と信じています。研究室では「One Welfare(ワンウェルフェア)」と呼んでいますが、動物のウェルフェアを実現することで人のウェルフェアに貢献し、持続可能な地球を作ることに繋げたい……Livelyの皆さんはそういう同じ想いを持つ人たちだからこそ、一緒にプロジェクトを進めていきたいと感じています。

ありがとうございます。今後の「Unshelled」では、具体的にどのような取り組みを検討されているのでしょうか?

まずは、食品業界やメディアなど、アニマルウェルフェアへ関心のある方に「Unshelled」の取り組みを知っていただけたらと思っています。近年は海外の消費者や動物愛護団体からの声もあり「アニマルウェルフェアを取り入れたいが、情報がなく困っている」という企業からの相談も増えています。国内でのアニマルウェルフェアの認知向上と議論の場として活用しながら、人と動物をつなぐ場に育てていきたいです。

また、消費者の皆さんにもぜひ「Unshelled」を訪れてほしいと思います。幼少教育の一環などで、身近な食である鶏や卵の在り方にも目を向けていただけたらうれしいですね。

「Unshelled」という名前は新村先生のオリジナルだと聞きました。名前に込めた想いと、目指す未来を教えてください。

卵の殻(shell)から発想して「殻に覆われていない、透明の」というイメージで「Unshelled」と名付けました。のびのびと自由に過ごす鶏を透明性の高い施設で見られること、そして既存の仕組みを打ち破り新たな概念を創造する場になることを願った名前です。「Unshelled」は鶏舎ですが、鶏に限らず多くの動物のウェルフェア向上を目指して研究を続けていきたいです。

ぜひ皆さんも、身近なアニマルウェルフェアから想像してみてください。スーパーで卵や肉を買うとき、水族館や動物園に行くとき、お家でペットと遊ぶとき……動物たちのウェルフェアに目を向けてみてください。最近は野菜の産地や育て方に関心のある消費者が増えてきましたが、まだまだ卵や肉への関心は低いです。消費者の行動が社会を変える力になりますので、まずは知ることからチャレンジしてほしいと思います。

新村先生、ありがとうございました。

Livelyからのコメント

Livelyの共同創業者・三浦と新村先生との出会いは、東京農工大学で受けた動物生産科学の授業にさかのぼります。動物と人との関係性を丁寧に見つめるその内容に、幼い頃に思い描いていた「動物と人の垣根がない、優しさがあふれる世界」の記憶がよみがえりました。

振り返ってみると、そのときの想いをよく表していたのが、「私たちが見たい景色、それは次世代に見せたい景色」という言葉でした。このフレーズは、当時大学院生だったメンバーが創業時に皆のあふれる想いを紡いだものであり、今でもLivelyが大切に育んできた価値観のひとつです。その言葉どおり、深く心を動かされた出会いとなりました。

その後、素敵なご縁に恵まれ、獣医学、経営コンサルティング、そしてサステナビリティの視点を兼ね備えた頼もしい存在であるCOO・田邊とともに、2週間に一度の打ち合わせを重ねながら、教育普及プログラムの設計・開発を進めてきました。

異なる専門性を持つ多くの仲間や、アニマルウェルフェアを推進する非営利団体の皆さまにも支えられながら、出会いから2年を経て、2025年5月から、ようやく「Unshelled」での法人・団体向けアニマルウェルフェア体験型教育プログラムが正式にスタートしました。

この取組みを通じて、畜産動物へのアニマルウェルフェアの価値を、より良く、より広く、そしてより深く社会に根づかせていけたらと願っています。鶏たちの情動にふれながら、持続可能な食の在り方を見つめ直す体験に、ぜひ足を運んでみてください。新村先生と共に、皆さまのご参加を、心よりお待ちしております。


西 涼子/ライター

三浦 友見・田邊 築/Lively担当